『カサノヴァ回想録』 説教家への道と恋の道

はじめに

カサノヴァは、“ 役者のけちなこせがれで、破戒坊主(司祭)で、くびになった軍人で、いかさま賭博師のくせに、皇帝や国王のもとに出入りし、とどのつまりは、最後の貴族と呼ばれるド・リーニュ公の腕に抱かれて死んだわけだが、彼はこのように、図々しく一生をおしわたっただけでなく、のちのちまでも彼の影が、ふらふらさまよいながら、しゃあしゃあと不滅の人物に仲間入りしてしまったのだ。

彼の書いた好色イリアスは、ずっと生命をもち続けて熱心な読者を見いだすであろう。こうして、この狡猾な賭博師は、ダンテ、ボッカチオ以来のあらゆるイタリア詩人たちを、軽くいなしたことになる。…彼は不滅になるための代償を、ごまかして払っていない。この賭博師は、真の芸術家に課された、いわくいいがたい責任など、考えてもみない。夜の目も寝ずに、また、ひるはひるで一日中、ことばの推敲に骨身を削ったすえ、やっとのことで、意味が、きれいな虹のように、ことばのレンズを通じて輝きを放つものだ、などという苦しい体験を、彼はもたない。

…この男は、その生涯をとりつくろいもせず、詩的に美化もせず、哲学的に粉飾もしないで、きわめて客観的に、まったくありのままに語っている。いいかえればその生涯は、情熱的で、危険で、堕落しており、でたらめだが、興味津々たるものがあり、卑劣で、いかがわしく、あつかましくて、ふしだらではあるが、しかしいつも、意想外のことが連続して、手に汗を握らせるのだ。

なおその上、彼がその生涯を語るのは、文学的野心や、いい気になった説教癖からでもなく、懺悔じみた後悔の念にかられたのでも、露出狂がかった告白熱にうかされたからでもない。老兵が飲屋のテーブルで、パイプをくゆらせながら、冒険談のひとくさりを、面白おかしく、ときとすると眉唾な話まで、そうとは知らずに耳を傾けている連中に、しゃべって聞かすのと同じことで、彼は、しごく気楽に、のんびり語っているのだ。ここで創作しているものがあるとすれば、それは、四苦八苦する空想家や考案者ではなくて、あらゆる詩人中の名手、すなわち、人生そのものなのだ。”
※ツヴァイク『カザノヴァ』より。昭和37年みすず書房発行 吉田正美訳

長い引用で恐縮でした。『カサノヴァ回想録』をこれほど端的に説明している文を他に知らない。ましてや拙文など出すに出せない。それにしても「好色イリアス」とは言い得て妙。 「その生涯は、情熱的で、危険で、堕落しており、でたらめだが、興味津々たるものがあり、卑劣で、いかがわしく、あつかましくて、ふしだらではあるが、しかしいつも、意想外のことが連続して、手に汗を握らせる」 とはその通りです、とひれ伏すしかない。こんなに面白い小説(告白録)は、バルザックの小説群「人間喜劇」以来読んだ覚えがない。


 目 次
・はじめに
・第五章 説教家になり損ねたカサノヴァ
 七十歳のマリピエロ氏、十七歳のイメールに惚れる
 カサノヴァは名説教家?
・第六章 面食いだったカサノヴァ?
 ヴェネチアでの 美しい娘たちとの恋、恋、恋!

第五章 説教家になり損ねたカサノヴァ

1939年にパドヴァから 一旦 ヴェネチアに 戻ったカサノヴァは、ヴェネチアのサン・サムエーレの主任司祭トゼルロに教会の席を設けてもらい、神父はまた、ヴェネチアの総大司教コルレル猊下をも紹介してくれた。この大司教はカサノヴァの剃髪をしてくれ、四カ月後には特別の恩典で四つの下級聖職を授けられた。カサノヴァには、いよいよ説教家の道が開けるかに見えたのだが。

貴族の贅沢病?
トゼルロ神父の紹介でカサノヴァは、元老議員のマリピエロ氏には何かと眼をかけてもらえた。氏は享楽的な貴族だった。
“ このマリピエロ氏は七十歳の元老議員で、もう国政に関係する気はなく、宏壮な邸宅で幸せな生活を送り、食欲も旺盛だった。そして、毎晩、えりぬきの人たちによる社交界を開いたが、それは、いずれも放蕩生活を送ってきた婦人たちと、市中に起こった新事件のことは何もかも知っている才人たちの集まりだった。

この年老いた貴族は独身で金持ちだった。しかし、かれは不幸にも、年に三、四回、ひどい痛風の発作がおこり、或る時は片方の手足が動かなくなり、また或る時には、今一方の手足が不随となり、結局、全身がどうにもいうことをきかなくなるのだった。この酷い発作をまぬかれているのは、ただ頭と肺と胃だけであった。

かれは美しく、美食家で、食通だった。才気に富み、世間を知りぬき、ヴェネチア指折りの雄弁家だった。しかし、国政参与の四十年ののちにやっと身をひいたこの明敏極まりない元老議員も、二十人の女をかこったのちに、もはやいかなる女にも気に入られぬということをしぶしぶ自覚せざるを得なくなってから、やっと美女たちを追いまわすのをやめる始末であった ”


※ここでは「痛風」となっているが、身体の半身が不随となる、と書かれていることから、ひょっとして卒中のことではないだろうか。脳梗塞ともいうようだが、血栓が原因、もしくは脳内の細い血管が破裂したように思えるのだがどうだろうか。

七十歳のマリピエロ氏、十七歳のイメールに惚れる

マリピエロ氏は一日に一回の食事をただ一人で摂っていた。何故なら歯のない彼は、歯茎でかみ砕いて食べなければならなかったので、他の人の倍の時間がかかったからである。そのことにカサノヴァは、こう進言した。「他人の倍食べる人物を招けばよい」のだと。その言に参ったマリピエロ氏は、明日から毎日食事に来るようにといった。十五歳のカサノヴァにとっては幸運だった。

年齢と痛風のことも省みず、マリピエロ氏は相変わらずの女好きであった。年齢を経たからと言って、枯れたように見えても男は死ぬまで女好きなのだ(?)。氏は隣の家に住んでいた、イメールという十七歳の美しい娘に惚れていたのである。娘は母親とともに毎日のように屋敷にやってきた。

ある日カサノヴァはマリピエロ氏に娘との結婚をすすめてみた。
“ しかし、わたしは、かの女が妻となりたがっていないというかれの返事をきいて、唖然としてしまった。
「それはまたどうしてです?」
「かの女は家族の憎しみを受けたがっていないからさ」
「それなら、お金でも沢山あたえてやるなり、さもなければ、何かいい身分にしてやったらいかがです」
「かの女は、この世の女王になるために大罪を犯すようなことはしたくないと言っているんじゃ」
「だったら、姦してしまうのです。でなければ、閣下の家から追っ払うか、追放するかです」
「そのどちらもする気になれんな」
「じゃ、殺しておしまいなさい」
「そうなるかも知れんが、それもわしのほうが早く死ななければの話さ」
「閣下はほんとにお気の毒です」
「お前はあの子の家には絶対にいかないのかね?」
「はい、参りません。行けば惚れてしまうかも知れません。かの女とここでのようにさし向かいになれば不幸になるにきまっていますから」
「賢明じゃな」”

こうした問答を交わしたカサノヴァはマリピエロ氏のお気に入りとなり、彼の家の盛りをすぎた婦人たちと才人たちによって構成されている夜の集まりに出席することを許された。

十五歳という年齢にしては、カサノヴァの言うことは大胆で堂に入っている。ハッタリともとれる言動、「ペテン師」の片鱗がすでに見えていることに舌を巻く。マリピエロ氏は、カサノヴァに次のような大事な訓戒をたれた。

・集まりでは、質問されたこと以外には決して口をきいてはいけない。十五歳という歳ではいかなることについても自分の意見を絶対に言ってはいけない(これは命令ともとれる)と。マリピエロ氏は、「思慮ある慎みの教えを巧みにさずけ」た。

その結果、マリピエロ氏の家を訪れるすべての婦人たちから、彼の子供のように扱われ、色いろな「ご利益」にあずかったのである。
なるほどそういうこともあるんだ、と貴族社会(上流社会)とは縁のないわたしは思う。いまさらこの歳で教訓を得ても遅いけど。

カサノヴァは名説教家?

ある日のこと、マリピエロ氏はカサノヴァに向ってこう言った。
“ 「今月の第四日曜に、称賛演説者を選ばねばならない。この日は、ちょうどクリスマスの翌日になる。そこでわたしは、お前を司祭(トゼルロ神父)に推薦しよう。」”

この申し出に、カサノヴァは驚く。説教師になるなど考えていなかったし、自分で説教をつくり、それを弁じることなどができようとは思ってもいなかったからである。

カサノヴァはマリピエロ氏に
“ 「ご冗談でしょうといった。」するとかれは…きみはもともと当代一の名説教家たるべく生れてきた男で、今はまだ大変にやせているが、太りさえすれば堂々たるものだ、とたちまちわたしを説得し、わたしにそう思いこませてしまった。わたしは自分の声にも態度にもやや自信をもっていた。また、説教の草案も、傑作をつくりだすだけの力が十分にあると思っていた。

わたしはかれ(マリピエロ氏)に承知しました、わたしは一刻も早く自宅に戻って、賛辞演説を書き始めましょう、わたしは神学者ではありませんが、内容はよく心得ていますから、人がびっくりするような新しいことを述べてみましょうと答えた。」

演説草案を主任司祭やマリピエロ氏に見てもらったところ、異端者からの引用がある、ということで首を縦に振ってもらえなかったが、引用を代えることで了解を得る。そして教会での説教は、

“ わたしは、選り抜きの聴衆を前にして、サン・サムエーレ教会で、説教を読み上げた。非常な喝采を博し、人々の予言どおりの出来栄えだった。十五歳やそこらで、このような大役を果たしたものは、今までひとりもいなかったのだから、わたしは当代一の大説教家になる運命を負わされていたといえる。”

寄進袋の中には、大枚「五十ゼッキー以上の金貨と恋文が数通入っていた」というのだから、ここにカサノヴァの人々を酔わせる弁舌が発揮されていたのだ。最初の説教は大成功をおさめたが、幸運の女神は二度目の説教壇には現れなかった。世間を甘く見ていた十五歳のカサノヴァは、二度目の説教で大失態をしでかしたのである。

失敗した説教
運命の分かれ目 三月十五日、この日午後四時から教壇に上がり説教を述べる予定だったカサノヴァは、ある伯爵との楽しい昼食を放棄する気になれず、しこたま食べてしまった。おそらくワインなども飲んだことだろう。

“ わたしが、この立派な客とまだ食卓をかこんでいるときに、ひとりの僧がやってきて、香部屋でみんなが待っていると告げた。胃はいっぱいで、頭もかっかしていたけれど、わたしは席を立ち、教会にかけつけて説教壇に上がった。”

しかし、出だしこそうまく述べることができたカサノヴァだったが、お腹いっぱいの頭では、考えていた説教を途中で忘れてしまい、しどろもどろになってしまった。聴衆からは笑い声が聞こえ、何人かは教会から出て行く始末だった。「万事窮してしまった」彼は失神して倒れてしまった。

“ 二人の僧がやってきて、わたしをかかえ、聖具室に運んだ。わたしはそこで誰とも一言の口もきかず、マントと帽子を手にすると、自分の家に逃げ帰ってしまった。”

それからカサノヴァは、身の回りの品を旅行鞄につめこむと、第三学期の試験を受けるためにパドヴァに出発した。このあと二度と再び説教壇に上ることはなかった。

そして不幸な事件のことが忘れられた頃、カサノヴァはヴェネチアに戻ってきた。

第六章 面食いだったカサノヴァ?

面食いなカサノヴァには、女性の美しい容貌ほど性欲に強く働きかけてくるものはなかったようだ。

“ 男は他のあらゆる動物とは違って、五感のひとつを媒介としてしか女に惚れこむことができない。そして、五感は触覚を除いて、他はすべて頭の中にある。こうした理由から、目の見える者にとっては、容貌が恋のあらゆる魔力を発揮するのだ。顔を包み隠したまま目の前に現れた、全裸の女性の最高に美しい肉体は、男を享楽へとかりたてることができても、いわゆる愛というものには決して向かわせないだろう。

なぜかといえば、本能に身をまかしている間に、男がこの美しい肉体の持主の顔からその覆いを取り、そして、その容貌が本当に醜く、不快感や、愛の喜びに対する嫌悪感や、ときには憎悪をさえも抱かせるものであるならば、男は自分が一瞬身をゆだねた獣に一種の戦慄をおぼえ、そのまま逃げだすに違いない。しかし、男が美しいと思った容貌から恋が芽生えた場合には、全く逆のことが起こる。その女をものにすることができれば、彼は女のいかなる不格好な肉体や、醜さにも尻ごみしない。”


ヴェネチアでの 美しい娘たちとの恋、恋、恋
ヴェネチアとパゼアーノで知り合った娘にテレザ、ルチア、それにアンジェラと二人の姉妹ナネッタとマルチ―ナがいる。カザノヴァは十六歳で男になった。相手は没落貴族の出である二人の姉妹だった。ここでの恋で、カサノヴァはいくつか教訓を学んだ。

“ ルチアはパゼアーノの別荘番の娘で、まだ十四歳にしかなっていなかったが、肉体はすでに十七歳の娘と同じくらいに成熟し、肌は雪のように白く、眼と髪の黒い、天使のように清純な少女だった。カザノヴァはルチアにたちまち惚れ、ルチアも彼にすべてを許すほど愛してくれた。しかし、「良心的に彼女の純潔を守った」カザノヴァは、パゼアーノでの二週間あまりの夜を楽しみながら、次の年の春に再会することを約束して別れてしまった。

ところがルチアは、それから七ヵ月後に、札つきのならず者に誘惑されて駆落ちした。このことを聞いたカザノヴァは、ルチアの不幸の原因は自分にあったと反省し、「死ぬまで変わることがない」と思われる非常な自責の念にかられた。

しかし同時に、「彼女に手もつけなかった自分の美徳をうぬぼれ、得意になっていたが、こうなってみると、自分の愚かな慎みが悔やまれ、恥かしくなってきた。今後この種の慎みについては、もっと賢く振舞おうと心に誓った」という教訓を与えられた。十六年後にカザノヴァはアムステルダムの淫売屋でルチアに出会ったが、転落した彼女は惨めな暮らしをしていた。”


ルチアからは女性心理の機微を学んだカサノヴァだった。『回想録』をもっと早く読んどけばよかったと思う誰かさんであった^^;
アンジェラ、そして二人の姉妹ナネッタとマルチ―ナ との恋は、話せば長くなるのでそれはまた次回にということで、今日はこれでお終い。


※参考文献
 『カザノヴァ回想録』『孤独な色事師―ジャコモ・カザノヴァ』…窪田般彌
 『カザノヴァ』…ツヴァイク全集