枕草子抄 むとくなるもの

ぶざまな格好であるもの

「潮が引いた干潟にじっとしている大きな船。
大木が風に吹き倒されて、根を地上に現し横倒しになっている様子。
つまらない者が、従者を叱っている姿。高僧の足許。髪の短い人が、鬘を取りは
ずして、髪をといている後ろ姿。老人が(烏帽子などもかぶらず)、ザンバラ髪
にしている姿。相撲取りが勝負に敗れて、座っている後ろ姿。

人の妻が確証もないのに嫉妬し、家を出て身を隠した折り、夫は必ず自分を探し
大騒ぎするであろうと思ったが、そうでもなく、夫はゆったりと構えた態度で
(妻を探し出しもせず、かといって妻は)そうばかり家を空けてもいられず、自
分から、夫の前に出てきた妻の姿。

相手に対しなんとなく軽蔑の念を抱いた女が、愛人であるその男と、きままなこ
とを言い争い、機嫌を悪くして、一緒には横になるまいと身じろぎするのを、男
は女を自分の方に引き寄せようとするが、その意に反して女が強情を張るので、
あまりに度が過ぎて、それでは、勝手にしろと、男がひょいと衣をかぶり寝てし
まった時の女。

男が寝てしまった後、冬などは、単衣だけを一枚着ているのも、頭に血が上っ
ている時には、寒さも感じないでいた。が、だんだんと夜が更けてゆくうちに、
寒くもなるが、邸内の大方の人たちも皆、寝ているので、さすがに起きて部屋か
ら出て行く事もできず、あの時に、男に寄り添ってしまえばよかったと、眠れぬ
まま後悔し横になったところ、(それでなくても、心細さを感じているのに、)
部屋の奥の方から、なにやらぎしぎしと鳴る音もひどく怖くて、そっと、おたお
たと男に近寄って行き、男が掛けている衣を自分もともに引きかぶる女の恰好こ
そ、ぶざまである。相手の男は、女を見下しているであろう、たぬき寝入りをし
て、知らぬ顔を決めこんでいることだ。」

※『枕草子』一一八 むとくなるもの  現代語訳:上坂信夫氏

[余説]
「むとくなるもの」としてまず、干潟での大型船といった「物」の有様を挙げな
がら、作者はすぐにその視線を、間近で目にする人間たちの外見の「むとくさ」
に移している。が、外見の「むとくさ」は、その人間性に起因するのだから、作
者が挙げる同性の「むとくなる」姿は、一時の感情にまかせた短慮が招いたそれ
である。が、作者は女性たちの思慮の浅さを批判しようというのではない。作者
はその美意識から女性には、男女間において事を構えた以上、初志貫徹、最後ま
で意地を通して欲しいというのだ。

※評釈:湯本なぎさ氏



いつもながら清少納言の観察眼には舌を巻く。リアリティがありすぎて怖いくら
いだ。こんな女性が自分の周りにいたら嫌だなぁ。

それにしても、男女の関係は自分のことを書いたのかと思うほど書けている。場
面は、後宮に出入りしている男女の関係を、隣の部屋で聞き耳を立てているよう
に思える。何たる想像力、いや妄想力というべきか(てか、自分が妄想してる
し)。

ひよっとしたら清少納言は同じ部屋の女房から嫌われていたかもしれない(馬の
内侍だったか、清少納言が後から牛車に乗り込んできた時、露骨に嫌な顔をした
そうだ)。後々まで後宮での女房達の生態が伝えられるのだから、書かれた方は
たまったものではない。