京都の商家に旦那衆の粋と贅を観る

趣ある町屋(木造住宅)が無くならないうちに撮る

かなり以前のことだが、世は「バブル景気」に沸いており、京都の町では
あちこちで趣のある古い木造住宅が取壊され、マンションに生まれ変って
いった。「古都」と言われ、「千年の都」とも呼ばれる京都だが、これで
はやがてビルばかりの町になってしまう。今のうちに写真に記録し残して
おこう、と思いたったのはよかったのだが、志半ばで挫折してしまった
(ひとりで市内全域の通りと町屋を記録しようとは、大それたことを考え
たものだ)。
家の中を探してみると、その時代に撮影した少しばかりのモノクロームフ
ィルムが出てきた。記憶にある一部のフィルムはまだ見つかっていないが、
手元にあるものだけでも発表してみよう、とこう考えた次第。

折に触れ、カラーフィルムやデジタルカメラで撮影した木造住宅の写真は
膨大にあるのだが、全く整理できていない。それに系統立てて撮影してい
るわけでもなく、自分の気に入っている古い家(それさえ凄い速さで消え
ていく)を幾度も撮影-定点観測-しているだけなので「お散歩写真」の
範囲を出ていない。それでも何かの足しになるかも知れないので、いずれ
発表するときがくるかもわからない。僅かばかりの写真で「京の粋と贅」
とはおこがましいが、まずはご覧ください。

10年の歳月をかけて1919年に完成した社屋
軒、駒寄せ、格子、虫籠窓など、交差する直線が美しい
「ばったり床几」は珍しくないが、使っているのを見たことはない
菓子屋さん(茶会などの菓子を注文を受けて作る。予約制の所もある)
タコの吸出し? 江戸時代の藪医者・竹齋先生は京の町医者だった!
仕舞屋だろうか?
桂ウリの酒粕漬けが美味しい店
伏見稲荷近くの土人形屋さん(寛延年間1750年頃創業)
伏見人形は日本の土人形の元祖といっても過言ではない。
最盛期には伏見街道沿いに60軒もの窯元があったという
大徳寺近くのお酢屋さんだったような

京都の民家に「陰翳」を探る

日本の家の美しさは どこにあるのだろうか。
それをを言う前に、現代の家に “美” はあるのだろうか。そんな疑問が頭に
浮ぶ。わたしの住む家を外からみても、内部を見まわしても、お世辞にも
美しいとは自信をもって言えない。
小説家の谷崎潤一郎氏は、日本家屋の “陰翳” にこだわりのある男だった。
あるとき 京都では有名な料理屋「わらんじや」へ入った。昔ながらの燭台
が電灯に代わっていたのを元通りに直させ、ひとり静かに燭台のほのかな
炎を眺めながら 酒を飲んだ。『陰翳礼讃』は そんな場での着想だろう。

「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むこ
とを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し
やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷
の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。」
……『陰翳礼讃』

日本家屋の美はどこにあるのだろうか。それは どこに残っているのだろう
か。わたしの「民家探訪」と 「古寺巡礼」と は、そんな思いを胸にして始
まったのだった。

ご存知「うぞうすい」わらじや さん
谷崎潤一郎氏が足繁く通った店
伏見の酒屋さん
月桂冠だったか、犬矢来と板塀がきれいな建物
町中の商家と商家の間にある路地
(奥の蔵の中に鉾の懸想品が収めてある)
商家(薬種屋)の入口を入ったところ
魔除けだろうか?
商家の座敷(商いをした所)
天井の梁が見事だ
なんとも妖しげな商家の囲炉裏端
年に一度の「屏風祭」
さまざまな贅沢品を披露する
先祖の苦労を忘れずに、遺品を飾る商家もあるという
坪庭と「夏の設え」の簾に趣きがある

町屋の造りと名称などについてはこちらをご覧ください。

※ 続きます