津軽野 雪解け - 春遠からじ

春よ 瞼閉じれば そこに…

買物帰りの親子だろうか
角巻姿も見納めか
路傍の地蔵様も春が待ち遠しい?
川倉地蔵尊堂へ向う途中で
当時でも馬そりは珍しい
川倉賽の河原で

津軽野 はるかなる景色

ここで見る景色が好きだった!
どの家にも風除室があり、農機具などを格納する小屋も見える
小川の水かさも増してきた
津軽鉄道の線路が見え、その向こうには春の兆しを告げる靄が立ちあがっている

津軽地方に天保の飢饉をみる

『翌天保四年に到りては、立春吉祥のその日より東風しきりに吹きすさ
み、三月上巳(じょうし)の節句に到れども積雪消えず農家にて雪舟用
いたり。五月に到り苗の成長わづかに一束なれども時節の順序避くべか
らざるが故についにそのまま植付けに着手したり。しかれども連日の東
風いよいよ吹きつのり、六月土用に入りても密雲幕々(ばくばく)とし
て天候朦々(もうもう)晴天白日を見ることほとんど稀なり。

…毎日朝夕の冷気強く六月土用中に綿入れを着用せり。夜はことに冷に
して七月佞武多(ねぶた祭)の頃に到りても道路にては蚊の声を聞か
ず。家屋の内においてはいささかこれを聞く事あれども蚊帳(かや)を
用うるを要せず蝉声(せんせい)のごときもはなはだ稀なり。七月六日
頃より暑気出で盆前単衣物(ひとえもの)を着用す。同十三日頃より早
稲大いに出穂ありしため人気すこぶる宜しく盆踊りもすこぶる賑やか
りしが、同十五日、十六日の日光白色を帯びあたかも夜中の鏡に似た
り。同十七日夜半、踊児(おどりこ)も散り、来住の者も稀疎(きそ)
にして追々明方におよべる時、図らざりき厚霜を降らし出穂の首傾きた
り。往来老若これを見る者涕泣(ていきゅう)充満たり』

※『津軽』の文中より引用するも原本不明。読みやすく直しています

暗い話の後には吉幾三の「TSUGALU」でしょう!
出穂した「津軽平野」をカラーで垣間見てください ^^

歌のバックには、あの「ホワイトハウス」も出てきます。