昭和の記憶 - 苦界浄土(石牟礼道子を偲ぶ)

空と海の間に

写真は四十五年ほど前に有明海で撮影したものです。夜明け前に海岸に行き、
手ぶれを気にしながら撮影した覚えがあります。増感現像でどうにか見られ
るような仕上がりにはなりましたが、銀粒子の荒れにはまいりました。

当時、石牟礼道子さんの名は知ってはいたように思いますが、著作を読んで
はいませんでした。むしろ敬愛するユージン・スミス氏を追いかけ、水俣を
撮影した写真展を見に行ったり、氏の情報を集めていました。
苦界浄土』を読むことは、長いこと、ためらいがありました。写真には抵
抗が無いのに、文章にふれるのには、何故か抵抗があったのです。もう少し
早く読むべきだったと思いました。

私は公害防止の資格と技術を身につけ、水銀などの重金属廃液をフェライト
化する作業に従事していたことがあり、その時の影響なのか、手の震え、め
まいなどの症状が出てその症状はなかなか良くなりません。不思議なもので、
その仕事に従事していた時、帰り道に一度ならず二度までもユージン・スミ
ス氏の夫人とすれ違っているのです。人違いかと思いましたが、まさしく
アイリーン・スミス ご本人でした。

 

 

 

 

 

 

 

五月

海の底の景色も陸の上とおんなじに、春も秋も夏も冬もあっとばい。
うちゃ、きっと海の底には龍宮のあるとおもうとる。夢んごてうつ
くしかもね。

 

 

 

もう一ぺん人間に

人間死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろうか。うちゃやっぱり、
ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。
うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。

 

※引用は石牟礼道子著『苦界浄土』ゆき女 きき書きより
以前投稿したものを再編集しています。

 

 

 

 

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