ヒロシマ 1945 福島菊次郎のこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原爆スラム

「原爆スラムは火災の頻発地帯で、市役所は住民がすぐに家を建てる
ので、消火するとすぐに杭を打って立入り禁止にした。」

 

 

希望への道

 

福島菊次郎氏のこと
福島菊次郎氏と会ったのは十数年前のことだ。氏の名前は半世紀前
から知ってはいた。反骨の人という印象を持っていた。でも対面し
て話してみると、小柄で優しい雰囲気の人だった。会うまでは大柄
でいかつい人と勝手に想像していた。
氏はわたしの父母の世代と年齢が近かったせいか、他人とは思えな
かった。まるで自分の父(すでに他界)のような存在のような気が
した。いつも新聞などで氏の近況を探っていた(なぜだか分らない)。
亡くなる寸前まで福島の原発事故の取材をしていたことを知り、頭
の下がる思いがした。福島菊次郎は、最期まで反骨を通したのだ。

原爆スラムを撮影した写真は、福島氏から譲って頂いたもの。この
場で紹介したい。最後の写真はユージン・スミスの  “楽園への道”
をイメージしたものだそうである。