黒部川源頭 ― 黒部五郎岳への道

雲の平は雲の中にあった。
これといった展望は望めないので、朝の散歩を諦め本日の目的地
黒部五郎岳を目指す。雲ノ平小屋の東にはテント場があり、その
脇を通り抜け祖父岳の巻道を歩く。勾配の急な坂を下りるとそこ
は待望の黒部川の源頭である。いったいどんな様相なのか期待に
胸がふくらむ。

 

黒部五郎岳

三俣蓮華岳を越え、ハイマツ帯の尾根道より撮影。

 

 

黒部川源頭下流

源頭より西を望む。左の斜面は三俣蓮華岳の北面、右の斜面は祖父岳の
南斜面と思うのだが(記憶がハッキリしない)。

 

 

三俣蓮華岳の山頂北面には、七月でも雪渓が見られた。

黒部川源頭はまだまだ先(鷲羽岳中腹か?)だった。黒部川の源流を
数歩で(飛び石を)越える。黒部川の写真を撮ろうにも全く意欲が湧
かなかった。こんなはずじゃなかった、と思っても現実はこんなもの
と諦め、頭を切り替えて下流側の撮影を始めた。

三俣山荘に着いた頃には天候は回復に向い、鷲羽岳は鋭角ともいえる
山容を見せてくれた。時間と体力があれば登って見たかったのだが、
今日中に黒部五郎岳に登る予定なので軽めの昼食を摂り、先ずは黒部
五郎小屋を目指した。

 

三俣山荘から黒部五郎岳に向うコースは三俣蓮華岳(2841m)の山頂
を通る道と、北面の巻道を通る二つのコースがある。山頂を通る道は一
時間余計に時間はかかるが、眺望に望みを託し、そちらを選んだ。

 

 

三俣蓮華岳の山頂からは思ったほどの眺望は得られなかった。周囲の
山の頂は雲に隠れ、どうにも絵にならない。斜面の雪渓で声を上げて
騒ぐ年配のグループに目をやり、先を急ぐ。
ここで初めてライチョウの親子連れを見た。チョコマカと歩く姿は人
を恐れていないように見える。

 

 

 

 

 

光が当たっている所は、雲ノ平下部の祖母平・祖父平のようだ。
手前に黒部川が流れていたように思う。日数に余裕があれば黒
部川まで降りて行きたい誘惑に駆られた。

 

 

 

 

 

黒部五郎小屋に着き、宿泊の申込みを済ませ、急いで黒部五郎岳に登る。

 

 

眼下に黒部川を望む。下流には二日目に通った薬師沢がある。

 

 

写真右奥に見える、頂に雲を被った山が薬師岳である。その手前の台地が
雲の平の西稜のようだ。

 

黒部五郎岳

写真右端に黒部川が見える。奥に見えるなだらかな山稜が北ノ俣岳
のようだ。その右端奥に太郎兵衛平がある。

 

黒部五郎岳

カールには「お花畑」がある。写真中央に赤い豆粒ほどに見えるものは、
太郎兵衛平から歩いてきたグループである。次々に降りてきていた。山頂
から尾根道を通って小屋へ行く道もあるが、カールを通る道の方が人気が
あるようだ。

 

時間切れである。山頂に到達せずして、小屋に戻らなければならない
時刻になってしまった。霧も出てきた。小屋には今夜寝るスペースが
残されているだろうか、心配になってきた。
小屋は満杯であった。黒部五郎小屋は置かれた場所も良く、人気の山
小屋のようだ。できれば午後三時までには入った方が良い寝床を割当
てられそうな気がする(その時間に居ることが前提。わたしのように
ほっつき歩いていると少々残念な結果が)。
黒部五郎岳には、秋に再び訪れてみたいと思っていたのだが、いまだ
に果たせないでいる。九月二十日頃が紅葉の盛りだと聞いている。

 

 

今回の山行を写真で振返る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の山行を振返る
今回の山行で強く印象に残ったものは、高天原山荘から望んだ水晶岳の
夕焼け、それに雲ノ平山荘から眺めた雲の「競艶」であろうか。

怖い思いをしたことがある。それは黒部五郎小屋を朝立って、霧の中を
歩いていた時のことだ。三俣蓮華岳山頂から双六小屋を目指していた。
双六岳の東側の巻道を歩いているとばかり思っていたのだが、ニ三十分
ほど歩いて道を誤ったことに気づいたのだ。霧は濃くなり視界は増々悪
くなる、天地の境も分からない。その上、突風をさえぎる木々も無い。
『はげ山の一夜』も怖いけれど、霧にまかれた “はげ山の昼間“ はシャレ
にならん。歩いている道は、どうやら双六岳の尾根道のようだった。

ここはイケイケどんどん真っすぐ進むべきか、後戻りして、再び三俣蓮
華岳を登り巻道へ進路を変更すべきか。安全策を取り、シンドイけど、
もと来た道を戻り、当初予定していた巻道を歩くことが出来た。道を誤
った最大の原因は、思い違いにあったのだ。道標を見てはいたのだが、
昨日も通った山頂の道なので油断早とちりがあったのだ。

そして双六小屋までの二時間、誰ともすれ違うこともなく、この道で良
いのか不安に駆られての道中だった。砂嵐の中を双六小屋に到着した時
には、漸く人心地がついたものだった。それからがまた長い道中が待ち
受けていた。鏡平の綺麗な景色を見ても、ザックからカメラを引っ張り
出す気力も失せ、真っすぐ新穂高温泉を目指して山を下りるばかりだっ
た。

※撮影年:1991