黒部川源流をめぐる山旅(高天原・雲ノ平・黒部五郎岳)

プロローグ
日本最後の秘境、北アルプス最深部、黒部川源流、雲上の楽園と聞けば、
山好きな者なら誰しもが強い関心を持つであろう。
あれはわたしがまだ体力も気力もそこそこにあった頃の話である。黒部
「下ノ廊下」を攻略する前に黒部川源頭部を探索してみたいという願望
を持ったことがある。
そもそもの始まりは、ある秋の日に槍沢を散策した夜、槍沢ロッジに泊
まったことにあった。夕食後小屋の書棚の中に一冊の興味ある題名の本
を見つけた。たしか『雲上の楽園-雲ノ平』(この題名は記憶違いで、
『黒部の山賊』だったかも知れない)という新書版の本だったような覚
えがある(それまでは雲ノ平という山名すら知らなかった)。

 

高天原夕暮れ

 

 

 

黒部五郎岳

 

 

雲ノ平(西南を望む)

 

 

雲ノ平

 

「雲上の楽園」雲ノ平
その本の中には雲ノ平の「歴史」が書かれてあった。相当以前の話に、
いっとき雲ノ平に犯罪者が身を隠していたようなことが記されていた。
しかし、それが本当かどうかは分らない(昔は麓の村からそこへ行こ
うとすれば、道なき道を数日かけて登ることになるし、食料のことや
住む所を考えると長期間住むには難しい気がする)。
雲ノ平にはスイス庭園、ギリシャ庭園、アルプス庭園などなどの美し
い「庭園」があって、まるで雲上の楽園のようだという。

わたしの住む関西から見れば、立山や雲ノ平は阿弥陀や浄土とは縁遠
い鬼門の方角にあたる。そこにある雲上の楽園とはどんなものか、確
かめてみたい、行ってみたい。浄土にあらず楽園なのだから、現世に
帰って来れぬはずはなかろう(一度浄土へ旅立った者は、二度と現世
には戻ってこないところを見ると、よほどあの世は住み心地が良いら
しい)。
とにかく「雲上の楽園」というのが気になった。そこへ行くには日数
こそ掛かるが、山歩き「中級者」でもさほど困難ではないらしい。
いつか行ってみようと機会を窺っていた。

 

水晶岳

高天原山荘より望む。

 

水晶岳夕暮れ

雲ノ平山荘より望む。

 

黒部川源流

 

 

 

黒部川源頭部の飛び石を数歩で飛び越えると、下流にはこのような景色が
広がっている。

 

高天原

遠くに見える山は薬師岳だろうか。

 

 

 

 

竜晶池

一瞬、朝日が射した竜晶池。

 

 

 

 

 

 

 

黒部川源流

雲ノ平下部の祖母平・祖父平だと思うのだが…

 

 

 

 

黒部川本流

薬師沢出合下流。

わたしは黒部川(黒部峡谷)という文字と音の響きには特別な印象
を持っている。
日本の登山史を飾る人物に 冠 松次郎 という人物がいた。明治から
大正時代にかけ富山県芦峅寺などの山人をガイドに雇い、黒部峡谷
を遡行探検し、世に黒部峡谷を紹介した人物である。氏の著作は手
に汗握るように面白いのだ。若い頃の わたしのカバンの中には、い
つも氏の著作が入っていた。
そして、いつかは黒部川「下ノ廊下」「上ノ廊下」を探索してみた
いという願望が沸き起こっていたのである。

 

 

薬師沢小屋付近より黒部川上流を望む。

 

黒部川

 

 

 

黒部五郎小屋付近より薬師岳方角を望む。

 

まだ梅雨も明けきらぬ七月下旬、富山県側より黒部川源流を探索すべく
入山した。中判カメラと交換レンズ三本をザックに入れ、ジッツオの小
型三脚を手にし、四泊五日の山小屋泊の旅に出た(いつものように一人
旅である)。
富山市に夕方到着したときは西の方角は赤く染まっていた。明日はきっ
と晴れる、と確信していたのであるが、翌朝には想像もしていなかった
天候が待ち受けていた。
続きます…

※撮影年:1991

 

 

 

 

    黒部川源流をめぐる山旅(高天原・雲ノ平・黒部五郎岳)” に対して 2 件のコメントがあります

    1. ken より:

      話の続きと写真がの続きが気になります。

      1. koji-kame より:

        旅へ出ると、必ずと言ってよいくらい大雨にたたられます。梅雨時に出かけるので当然なのですが。七月には青春18切符を利用して東北一周(青森県は除く)を企てています。一眼レフ(aps-c)を持っていきます。

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