北八ヶ岳の森を歩く(夏から秋へ)

 

『北八ッ彷徨』を読む
はじめて八ヶ岳に登ろうとするひとたちには、いつがいいだろう。
台風の過ぎたあとの静かな秋はもちろんいい。山慣れたリーダーが
一緒なら、残雪の春もあかるく愉しい。
しかし、岳がいちばんの賑わいをみせるのは、やはり夏だ。梅雨が
明けたばかりの七月から八月いっぱい、このころは天候も比較的さ
だまり、山小屋も全部あいているし、高山植物もいちばんみごとな
季節である。…山口耀久著『北八ッ彷徨』(以下引用文は全て同じ)

 

“にゅう”より北八ヶ岳を望む

 

「秋もおわりに近い十月のある日、私が“にゅう”と呼ばれるあのかわい
らしい岩峰の頭から見たのは、眼の下にねむっている白駒池と、それを
とりまく黒い原生林の樹海である。中山、丸山、茶臼、縞枯と続くゆる
やかな山稜の鞍部を金いろの光が斜めに超えて、山ひだの起伏がやわら
かな光と影を漂わせている、美しい夕方であった。」

 

北八ッ彷徨
『北八ッ彷徨』という本があることは、山歩きの好きな者なら知ってい
ることと思う。だいぶ以前に手に入れようとしたが、長らく絶版になり
入手できなかった。
秋の一日、北八ヶ岳を歩いた後 黒百合ヒュッテに宿をとった、その小屋
の書棚にあったのである、『北八ッ彷徨』が。多くの岳人が読んだであ
ろう 古色のついた本であった。その場で貪るように読んだ。

 

 

 

「“にゅう”の頂で静かな森の山域を展望したときから、北八ッは私に
とって“心の山”と呼ぶにふさわしい場所になった。」

 

いつかは八ヶ岳へ
わたしが八ヶ岳に関心を持ったのは、まだ十代の頃である。
神田の古書店街の一角に、小さな出版社の出店があった。そこで働い
ていたわたしは、先輩に誘われて日帰りで南アルプス鳳凰三山に登っ
たことがある。十一月の高山では雪の降る季節、初めてピッケルとい
うものを持たされ、日付の変わる時刻に新宿駅から甲府駅を目指した。

夜明け前、鳳凰三山への登山道を登っていると夜叉神峠で空が白みだ
した。そこで南アルプスの全容が見えたような気がした。それはあま
りにも広大で気の遠くなるような壮麗さであった。

 

蛇足

初めて山(鳳凰三山)に登ったときの写真。

 

 

草原より望む縞枯山

 

 

 

 

 

鳳凰三山の日帰り縦走は、初心者には辛く長い道のりだったけれど、
山頂から眺める景色はいまだに記憶に残っている。とりわけ小渕沢
越しに眺める、大草原の彼方にそびえ南北に走る山脈は清々しく魅
力的に見えたものだ。いつか登ってみたいという気にさせた。

 

 

 

北八ッは天上の楽園?
北八ヶ岳で遊ぶには、ロープウエイを使って上がれば便利である。
冬季にはたいそう楽に山頂へいたることができる。乗り物に抵抗が
あるのなら登山コースは数多あるので好みのコースを選べばよい。
山小屋も沢山あるので気ままに歩けば良いし、もし夜遅くなっても
泊まるところに不自由はない。
わたしがよく利用した山小屋は縞枯山荘、青苔荘、それに北八ッと
南八ッ登山道の要衝である黒百合ヒュッテなどである。山を下り麓
の温泉で山行の汗を流すことも容易な山域なので一年を通して魅力
の尽きない山なのだ。
ただ残念なことに、山口耀久氏が『北八ッ彷徨』で描いた静寂さは
欠片程度にしか味わえないかも知れない。

 

 

大岳付近より望む蓼科山

 

 

 

亀甲池

 

亀甲池へ
秋の紅葉シーズンが待ちきれず、台風一過の九月上旬に北横岳を巻いて
亀甲池と双子池を目指した。台風の被害なのか登山道のあちこちに倒木
があり、幾度もそれをくぐり抜け、乗り越えては亀甲池に着いた。そし
て写真撮影は明朝と決めた。
当日の宿泊は双子池ヒュッテ。年配のご夫婦が小屋番でおり、わたしが
着いたときには二人でカラオケで楽しんでいたような覚えがある。「こ
りゃ邪魔したかな」と思う間もなく、トウモロコシを出され囲炉裏端の
席を勧められ三人で談笑した。宿泊者はわたし一人であった。

 

 

蓼科山夕景

 

 

 

 

 

 

 

 

有明の月

 

 

 

朝の亀甲池

双子池ヒュッテを出て亀甲池に向い写真撮影を開始した。
対岸の山は横岳のようだ。

 

 

雌池

池からは朝靄が上がっていた。落葉松の乱舞を見るにはまだ早かった。
これより大岳、縞枯山、麦草峠を越えて天狗岳を目指す。

 

 

大岳付近の眺め

 

 

 

三ッ岳

 

 

 

展望台より茶臼山越しに南八ヶ岳を望む

麦草ヒュッテの赤い屋根が茶臼山の左手に見える。

 

 

白駒池周辺の森

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北八ッといえば、だれでもすぐに思い出すのは、あの苔の匂いであろう。
朽ちた倒木や、古い岩石や、湿っぽい土のそれとまじった、なつかしい森の
匂いである。木洩れ日がちらちらする程度の暗い森林の中の腐葉土がこの繊
細な植物の生育地帯だが、ごつごつした岩地の斜面まで、絨毯のように厚い
苔でびっしり覆われている場所がある。
樹木の根元の洞(うろ)といわず、岩と岩とのすき間といわず、あらゆるも
のを覆いつくしてどこまでもうねりひろがるこの緑の敷物の壮観は、ほとん
ど圧倒的とさえいえるような自然の生命力の執拗さを物語っている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白駒池越しに青苔荘を望む

白駒池には周遊路があり、三十分ほどで巡ることができる。

 

 

白駒池越しに八千穂高原を望む

 

「北八ッは森の高地である。鬱蒼とした針葉樹の原生林がいちめんに、
なだらかな山々の起伏を覆い、山奥の澄んだ湖がひっそりと森のしじま
を映している。この裏八ヶ岳ともいうべき陰の濃い山域には、八ヶ岳の
本峰である南八ヶ岳の、あの気負い立ったような激しさと鋭さはないが、
そのかわり、いつまでも人の胸に残るような、奥ぶかい静けさに充ちた
やすらぎがある。」

「道のない原生林の中をさまよってよろこんだり、森にかこまれた小さ
な草原で無心な夢とたわむれたり、人のいない湖の岸辺で山の静けさに
耳を澄ませたり、要するに登山という構えた言葉よりも、山歩きとか山
旅とかいうおとなしい言葉のほうが、このおだやかな産地には、すなお
にひびく。」

 

 

高見石より北アルプス方面を望む

赤い屋根の建物は高見石小屋。

 

 

“にゅう”より八千穂高原方面を望む

樹林帯を抜け、分岐から少し歩くと、そこは恋焦がれていた“にゅう”
である。小さな岩稜に登り東方面、北八ッの展望を楽しむ。ただ、
のんびりと景色を楽しむ余裕はない。三十分ほど目を楽しませ、次の
目的地天狗岳を目指した。

 

 

 

 

 

 

天狗岳

東天狗山頂は思いのほか登山者が多かった。中型カメラを持っていた
せいか次々に写真撮影を頼まれた。
東天狗・西天狗とも期待したほどの景色ではなく、夕景と朝の写真に
希望を託す。

 

 

茅野市夕景

天狗の奥庭より夕暮れを待って撮影。西を見ても東を見ても
街の灯が見えるというものはいかがなものかと…

当日は黒百合ヒュッテに宿をとる。場所が良いせいか、小屋
にもテント場にも人が多い。小屋の中では、囲炉裏を囲む者、
壁にもたれて本を読む者と人それぞれの様相で話声も聞こえ
ない。気まずい雰囲気を破ろうと隣に座っていた男性に話し
かけた。
夕食はキノコの天婦羅が出てすごく美味かった覚えがある。
大皿で出てきていたので、皆の手が出なかったけどわたしは
遠慮せずに手を出した。寝床は二階から埋めていくようで、
出発の早いものは出口に近い方に寝ると決められているよう
だ。御来光の写真を撮りたかったので出口に近い方に寝る。

 

 

中山峠より拝む御来光

中山峠、天狗の奥庭と走り回り疲れた…

 

 

 

 

 

 

 

 

「北八ヶ岳には、鋭角の頂稜を行く、あの荒々しい興奮と緊張はない。
原始の匂いのする樹海のひろがり、森にかこまれた自然の庭のような
小さな草原、針葉樹に被われたつつましい頂きや、そこだけ岩塊を露
出しているあかるい頂き、山の斜面にできた天然の水溜りのような湖、
そうして、その中にねむっているいくつかの伝説――それが北八ヶ岳
だ。……
さまよい――そんな言葉がいちばんぴったりするのが、この北八ヶ岳
だ。」

 

※撮影年:1980年代   冬季の写真は後日投稿予定

 

 

 

    北八ヶ岳の森を歩く(夏から秋へ)” に対して 2 件のコメントがあります

    1. koji-kame より:

      コメント有難うございます。諸事情により投稿が一週間遅れになってしまいました。
      八ヶ岳周辺は関東圏からは保養地・別荘地のイメージがありますね。わたしの住んでいる関西
      圏からは交通の便が良くなくて中々足が向きません。北八ッの秋は、派手さはないけれどいい
      ですよ。人の多いことが気になりますが、こればかりは日本全国どうにもなりませんね。

    2. ken より:

      こんにちは。
      爽やかな空と雲の景色は見ているだけでも気持ち良いですね。
      以前に八ヶ岳周辺にドライブに出かけた記憶があります。
      季節は春か初夏の頃だったと思いますが、秋の八ヶ岳はまだ行ったことがありません。
      秋の紅葉の季節に行ってみたい場所ですね。

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