花の北山を歩くー 憧憬の山を遠く望む

 

国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火三月に連なり
家書万金に抵(あ)たる
白頭掻けば更に短く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す

 

上に引用した詩は、杜甫の詠んだ漢詩『春望』の意訳である。
京の都から発した応仁の乱は、都では十年続いたとも、またそれを契
機に列島各地には戦が燎原の火のように広がり、都合百年は争いが続
いたとも言われている。
「此たびはじめて出来たる足がるは、超過したる悪党なり、其故に洛
中洛外の諸社、諸寺、五山十刹、公家、門跡の滅亡はかれらが所業な
り。かたきのたて籠たらん所におきては力なし、さもなき所々を打や
ぶり、或は火をかけて財宝を見さぐる事は、ひとへにひる強盗といふ
べし、かかるためしは先代未聞のこと也。」(『樵談治要』)と記録
に残るように、足軽が跋扈した下剋上の幕開けである。

その”暗黒の時代”に多くの古来相伝の文化を失ったが、乱世の世でも
失わなかったものは、「歌道」であり「書道」であり「音楽・神楽」
などであったという。衰微したとはいえ皇室が中心になり秘説を御伝
授され、いまに伝わっているのだという。
海を渡り伝わってきた文化の衣服を一枚脱ぎ捨てた(脱がざるを得な
かった?)のは、この時代からだったのだろうか。

都に住む(あるいは入洛した)貴族、武士、僧侶などが、もし将軍塚
から焦土と化した都を眺めわたし、そして北山の方角を眺めれば、杜
甫の詠んだ漢詩と同じような感慨を抱くのではないだろうか。

 

京都北山に雪月花を楽しむ
東海道の西の起点である三条大橋から北の方角を遠く望めば、鴨川の
遥か向うには屏風のようになだらかな山並みが広がっているのが見え
る。あの山並みの向うには、一体どのような景色が広がっているのだ
ろうか、いつか行ってみたい、見てみたいと思わずにはいられない。

そんな気持ちを胸に抱き、北山を彷徨したのは三十年以上前のことで
ある。わずか数年間の写真による記録である。もちろん全ての山に入
ったわけではなく、好きな山に多くの時間を割いてしまった。
反省すべきは、数種類のカラーフィルムをとっかえひっかえ使用して
いるので色彩の統一を欠いている上、色素の退色が激しいので見苦し
い。その点はご容赦を願いたい。
しばらく「北山」シリーズは続くので、写真を見ての一つも思出し
ていただければ作者としてはこの上ない喜びである。

 

 

芦生の森

 

 

 

桟敷ガ岳近辺の谷

 

 

 

佐々里峠

 

 

 

春を待つ

 

 

 

 

 

 

 

新緑のころ

 

 

 

 

 

 

 

新緑萌える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春風の花を散すと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり

 

 

 

 

山ざくら霞の衣あつく着てこの春だにも風つつまなん

 

 

 

桟敷ガ岳近辺の谷

 

 

 

心さわぐ谷間の新緑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新緑のざわめき

 

 

 

芦生の森

 

 

 

 

 

 

 

 

由良川の源流部である芦生(あしう)は、かつては西日本最後
の秘境と言われていた。京都府、滋賀県、福井県の境に位置し、
植生は日本海側の気候と太平洋側の植物が共存しており、学術
上貴重な種が多数存在するという。
アシウスギ、ブナ、ミズナラ、トチノキなどが混在した森の美
しさは、他の山域では見られない貴重な光景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏きたる

 

 

 

 

 

 

 

驟雨去る

 

 

 

 

 

 

 

鞍馬山近辺の山

 

 

 

北山杉

 

 

 

夕立ちのあと

 

 

 

 

葵橋より望む北山

山の端の霞むけしきにしるきかな今朝よりやさは春のあけぼの

 

 

丸太町橋より望む北山

 

 

 

如意ヶ岳から望む北山

 

北山は京都市民にとってなじみ深い山である。標高千メートルに満たない
山々が日本海まで連なり、高原のような台地を形作っている。とても地味
な山域ではあるが、古来より日本海側の文化と太平洋側の文化を橋渡しし
た街道がいまに残っており、山城に都がおかれる前から出雲地方との交通
が開けていたような地名や社が見られる。
北山の峠や谷、鄙びた集落を歩いて感ずることは、かつては日本のどこで
でも見られた景色がまだ残っているということだ。
春の芽吹きのころ、新緑に萌える峠や花が咲き乱れる谷間を歩き、また秋
の終りのころに葉を落とした峠道や冷たい水の流れる谷を歩いていると、
ふと思うことがある。それは京都の社寺に見られる庭園、あるいは民家の
庭などは、北山をモデルにして作庭したものではないだろうか、というこ
とだ。地味に美しい北山の風景は、歌に詠まれたと信じたい、いつまでも
この景色を後世に伝えたいものだ。