春の宵…雨宝院

 

隠すほどのことではないが、若い頃に西陣のとある寺で寝食していた
ことがある。「年月をいかでわが身におくりけん昨日の人も今日は亡
き世に」という西行法師の歌にならい、出家し京の都で修行していた
頃である。「さても発心のおこりを尋ねれば、源は恋故とぞ承る」と
いう説もあったのではあるが。

 

桜の花が咲く頃、日が暮れかかった時分に寺の北にある塔頭に使いに
出されたことがある。用事が済み帰ろうとしたところ住職に呼び止め
られ、一献ご馳走にあずかった。久しぶりにお酒を飲み、いい気持ち
になり外に出れば十五夜の月だ。月明かりに照らされて、枝からこぼ
れるように八重桜が咲き乱れて、いまにも私に崩れおちるかのように
妖艶な姿を見せる。
「あぁ 綺麗だ…」とつい声を上げてしまったほどである。
塀に沿うように公衆トイレがあるので用を済ませると急に酔いが回っ
てきた。頼りない足どりで塀の北側にある通用口に向ったが、智恵光
院通りに近づいても戸口が無い。これは方向を誤ったかと西へ向って
歩いても、目指す通用口は無かった。これは飲み過ぎたかと思い、仕
方が無いので西側の通りにある通用口から寺に入った。

 

 

 

翌朝、本堂の裏手にあるくだんの通用口を探してみれば、それは在る
べき所にある。塀の外側へ回ってみれば、当然だがそこにもあった。
昨夜のあの奇妙な出来事は何だったのだろうか、と考えながらもう一
度八重桜を見ようと北隣の寺の境内に入った。すると、八重桜は満開
どころか まだ固い蕾のままであった。

 

 

 

 

 

 

雨宝院境内

 

 

 

本隆寺 塀

 

※久しぶりにお酒を飲み 酔いが回った夜であった。