津軽の冬 四十八景- 袰月(ホロヅキ)

 

 


陽のあたらない村

袰月へは、津軽半島最北端の駅、三厩(みんまや)から海沿いの雪道を
二時間は歩いたであろうか。集落は北に津軽海峡、道路をはさんで南側
には山肌にへばり付くように家が建ち並んでいた。高木恭造氏の方言詩
集『まるめろ』で読んだとおり日当たりは悪そうな集落であった。より
によって何故このような土地に住むことを選んだのであろうか。
集落の入口でお年寄りが歩いてくるのに出会った。集落を往復してもこ
の方にしか出会わず、侘びしいところという印象が強く残った。

その日の午後、三厩駅から汽車に乗り青森駅に向う車中、向いに座って
いた品の良いご婦人が「袰月で写真を撮っていた人ではないか?」と訊
ねてきた。偶然にも写真に写っている方である。青森市内に下宿してい
る高校生の息子に会いに行くのだという。地方では学校へ通うのも大変
なのだ。

 

蛇足
都会に住んでいると、地方に住んでいる方の生活、文化、経済などに関
して疎いものであると言っても言い過ぎではない。いま想像している以
上に地方では人口が減少している(昔エライ学者が都市への人口集中が
進むと言っていたけれど当たっているかな)。私の生まれ育った東北の
地では大地震の後でもあり町の家並みが倒壊で歯抜け状態になっている
し(地震とは関係がないとも)、土地の価格もバブル時代の半額、ある
いは三分の一になっている。何せ買う人がいない、所得が少ないので若
い人には家が買えないのである。

人気のある土地でも買える人は外国(お隣の)の人である。農村に限ら
ず都会でも働く人は少なくなっていくであろうし、AIだ「移民だより」
だというが、この先想像がつかない。いったい数年後には日本は、
「先進国」は、どういうことになっているのであろうか。厭世家のワタ

シには寒々とした未来しか思い描けないのである…

撮影年:昭和40年代半ば

 

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