津軽の冬 四十八景 - 小泊岬

 

上野発の夜行列車 おりた時から
青森駅は 雪の中…
ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと…

 

 

小泊岬

 

竜飛崎の見える小泊岬
ああ 津軽海峡冬景色~ と歌いたいところであるが、そんな歌など
生まれてもいなかった昭和40年代の中頃、わたしは一人で津軽海峡
目指して旅立った。向ったところは小泊。そんな地名をほとんどの
方は知らないであろう。太宰治の『津軽』を読んだ方なら、「ああ
あそこか!」と思い出すかもしれない。
幕末には、吉田松陰もここから竜飛崎に向ったところである。松陰
先生は、さぞ蝦夷地を見たかったのであろう。あのフォーク歌手の
三上寛はこの地の出身である。吉幾三はここより南の土地で産出さ
れている。…そんなことはどうでもよいのだけれど。

 

 

 

最果ての地・小泊へ
小泊岬からは竜飛崎、それに北海道が遠く望める。どういうわけか、
わたしはこの地を三度訪れている。それも上野発の夜行列車で!
当時、東北本線まわりの「八甲田」という夜行列車に乗り、青森駅
までは10時間ほどかかったであろうか。常磐線まわりの「十和田」
を利用すれば1時間は短縮できた覚えがある。青森駅からは奥羽本線
に乗り換え、川部駅で再び五能線に乗り換え(待ち時間1時間)、ま
たまた五所川原で津軽鉄道に乗り換えるのである(余談ながら週刊誌
の発売はこの駅では一週間遅れだった!)。
津軽鉄道には「ストーブ列車」などまだ無かったのか、乗り合わせた
覚えはない。

 

そこから終点の中里駅で降り、今度はバスで小泊へ向かったものであ
る。バスの車内からは、荒涼とした景色を見ることができ、まるで最
果ての地に向っているような錯覚を覚えたものである。いったい上野
駅からどれだけの時間がかかったのだろうか。15時間以上はかかった
のではないだろうか。それほどまで二十歳の若者をこの土地に駆り立
てたものは何だったのだろうか。

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