下北八景 – 釜臥山秋景
秋の彼岸のころ、恐山から釜臥山の頂きを目指し歩いたことがある。
山中で道に迷い山頂に着いたのは夕方の五時近くであった。山頂から
眺めた大湊近辺の田圃の稲穂は秋の日差しを受けて金色に輝いて見え
た。かつては稗田しか無かった土地である。
裏町にひとりの餓鬼あり、飢ゑ渇くことかぎりなければ、
パンのみにては充たされがたし。
胃の底にマンホールのごとき異形の穴ありて、ひたすら飢ゑくるしむ。
こころみに、綿、砂などもて底ふたがむとせしが、穴あくまでひろし。
おに、穴充たさむため百冊の詩書、工学事典、その他ありとあらゆる
書物をくらひ、家具または「家」をのみこむも穴ますます深し。
おに、電線をくらひ、土地をくらひ、街をくらひて影のごとく
立ちあがるも空腹感、ますます限りなし。
おに、みづからの胃の穴に首さしいれて深さはからむとすれば、
はるか天に銀河見え、ただ縹緲とさびしき風吹けるばかり。
もはや、くらふべきものなきほど、はてしなき穴なり。
…寺山修司『田園に死す』より
※「下北八景」は、半世紀前に訪れ撮影した写真の中から選んだものです。