白沙村荘 橋本関雪記念館 Garden & Museum

 

“野分のまたの日こそ いみじうあはれにおぼゆれ”

今年の秋は、これまで経験したことがないような台風に見舞われた京都市内
であった。京都御苑や吉田山、鞍馬山、紅葉の名所で名の知られた高雄など
軒並み倒木など大きな被害を被った。なので紅葉狩りなど楽しむことに若干
の抵抗を感じていたので遠出することを憚っていた。

清少納言がいうには、野分の吹いた次の日は、とてもしみじみとした風情が
あっておもしろい(それにも限度というものがあるけど)とか。それならば、
散歩がてら白沙村荘(はくさそんそう)の庭園でも見に行こうかと思いたっ
たのである。美術館も併設しているので、もしかしたら橋本関雪画伯の代表
的な作品である猿の絵(私の好きな絵である)を鑑賞できるかもしれないし、
という淡い期待もあった。

 

白沙村荘入口

白沙村荘は銀閣寺参道のすぐ西にある。

 

 

東門

受付を通るとすぐに石橋がある。

 

 

存古楼

石橋から存古楼を望む。秋とはいえ、庭の苔が清々しい色を保っている。

 

 

矯々門

庭園の入口である茅葺の門が見えた。モミジの色といい期待できそうな
予感がする。実は、地元であっても白沙村荘を訪ねるのは、今回が初め
てなのだ。

 

 

矯々門

門をくぐり抜け、振り向いて撮影。山里の旧家か、あるいは隠者の庵を
訪ねるような雰囲気がある。

 

 

石仏

庭園のあちこちに石仏や仏塔が祀られている。

 

 

芙蓉池

芙蓉池に架かる石橋を渡る。左に見える建物は倚翠亭(いすいてい)。

 

 

如舫亭

瑞月池の畔に佇む茅葺屋根の如舫亭(にょほうてい)。

 

 

如舫亭

 

 

 

如舫亭内部

 

 

 

 

如舫亭を瑞月池に架かる石橋越しに望む。中国の山水画にありそうな四阿で、
室内で隠者が碁を楽しむ様子が想像される。

 

 

枯れた蓮

池には ほど良い数の枯れた蓮の葉が残されていた。心憎い演出である。

 

 

憩寂庵と倚翠亭

左側の建物が憩寂庵(けいじゃくあん)、右側の建物が倚翠亭(いすいてい)。
ともに茶室であり、限定公開されている。初夏には瑞月池一面が蓮の花で埋め
尽くされるようだ。

 

 

 

存古楼

存古楼(ぞんころう)は、橋本関雪画伯が大作を制作するための画室である。
本来なら写真前景に真っ赤に紅葉したモミジがあるのだが、時遅く落葉して
しまった。

 

 

存古楼内部

建物の西より東側(芙蓉池)を望む。ちょっとした”額縁庭園”である。

 

 

存古楼内部

室内は板張りで結構な広さである。公開されているので中に入ることが
できる。”観月”などの催しができそうな雰囲気があった。

 

 

夕佳門

庭園の中央に設えられた優雅な造りの門である。独特な意匠の屋根が
印象に残っている。門をくぐると持仏堂、浄土池、美術館などがある。

 

 

 

夕佳門から、歩いてきた道を振り返り東方向を望む。

 

 

夕佳門

門をくぐり抜けて東方向を望む。

 

 

夕佳門

どこから見ても絵になる門である。

 

 

存古楼と庭園

写真左端に屋根が少し見えているのが持仏堂、正面の建物が存古楼である。
奥に見える山は送り火で有名な”大文字山”。

 

 

 

敷地の西側に広がる庭園は燈籠や石仏などに混じり珍しい植物がある。

 

 

 

苔庭に挟まれた遊歩道が自然な曲線にみえて好もしい。

 

 

観音石・

観音様が何体も浮彫されている桃山時代の作という塔。「石」につづく一字が
判読できない。

 

 

 

 

 

 

 

奥の白い建物が美術館である。

 

 

持仏堂

内部には鎌倉時代作の地蔵尊立像が祀られているという。通常非公開。

 

 

美術館

持仏堂より浄土池越しに美術館を望む。

 

 

 

庭園の西半分である。個人の住宅にしては規模が大きいことが分る。

 

「白沙村荘は、当時浄土寺村に広がっていた水田を埋め立てて作り出された、
当時の姿をそのままに保存されている邸宅です。造営は30年に渡り、庭園と
建物の基本設計は 全て関雪自身が行いました。10000㎡ におよぶ 敷地には、
制作のための画室と主家、茶室、四阿、堂宇、洋館などの他に、全国の 寺社
より集まった平安~ 鎌倉期の石造美術品が数多く置かれています。その空間
は関雪の持つ美意識が強く反映された 稀有な邸宅であるとして、庭園・邸宅
が国の名勝として指定されています。」

 

 

橋本関雪記念館

2014年に開館。

 

 

入口

一階が画伯の作品展示室になっている。この日は屏風が数点展示されていたが、
“玄猿”の絵が展示されていなかったのは残念であった。

 

 

東山遠望

美術館二階の展望テラスからの眺め。東山を借景とした庭園であることが
分る。頭ひとつ高い山が”大文字山”である。

 

「大正・昭和期の日本画壇で活躍した日本画家、橋本関雪(1883-1945)。
詩書に優れ国内外の古典籍に精通していた彼は、新古典・新南画と呼ばれ
る作品群を初期文展・帝展などに多く送り出しました。大正期には漢詩を
主題とした人物画を、昭和期には動物画が非常に高く評価され、海外での
日本画展にも数多く参画し一時代を築きました。関雪は画業のみではなく、
研究のための古美術収集や作庭の分野においてもその名を高く評価されて
います。」……引用文は全て記念館リーフレットより

 

※庭園と美術館の鑑賞に二時間、自宅から徒歩で往復しても万歩計の値は、
僅か一万二千歩であった。

 

 

 

 

    コメントを残す