湖東三山物語 西明寺を訪ねる

 

「湖東三山」とは何であるか。
京滋以外に住む者にとっては、馴染みのない言い方であるかと思う。
それはまさしく「山」には違いない。
山は山でも、近年山に賑わいと彩りを添えている山ガールとは縁の無い、
かつては女人禁制であった修行の山である。
山の上には龍が住むか、佛さまが鎮座して居られるか、あるいは見目うる
わしき女人が塔の上に幽閉されているのか、それはハッキリ分らぬ。なら
ばそれを確かめねばなるまい。
ご用とお急ぎの仕事が無ければ、滑稽な話にお付き合いくだされば有難い。
お急ぎの御方はこの拙文は飛ばしてくだされたい 。

 

それほど昔のことではない。
ある年の秋であった。それは寒い朝であったが、わしは諸国(湖東)を遍
歴すべく銀色の面頬のついた兜(ふるふぇーす)を被り、背中の笈(おい)
には武器ならぬ一つ目の“かめらおぶすきゅら”を仕舞い込み、弓手にはこ
れまた槍ならぬ一脚をかいこんで、全身寒さに耐えられる防寒具という鎧
をまとった姿で鉄馬に跨っていた。右手には鉄馬の手綱…もとい、方向舵
を握っていたのである。

その姿からは、はた目にはクレイジーな男と映ったであろう。申し遅れた
が、わしの名を世間では「羅 萬茶」(ら・まんちゃ)の男、と言っておる。
で…何を話そうとしたのか忘れてもうたわ…(近ごろは物忘れがひどくて
な)えーと…そうだ、ある夜寝ていたところ、枕元に観音さまが現れて
「近江国の湖の東、それも人里離れたところに西明寺・金剛輪寺・百済寺
という寺がある。そこへ行けばたいそう美しい紅葉を見ることができる。
その紅葉を拝めば三年は寿命が延びる」というのである。なんでも巷の話
では湖東三山は、“究極の紅葉の名所”であるとか。規模こそ大きくはない
が、それは落着いた境内でしみじみと人生を考えることができる山である
とか。数寄者には分る山であるという。ならばその紅葉とやらを見てみよ
うではないか、と思い立ち三日間の遍歴の旅に出たのである。

ここで気をつけねばならぬことが二つある。
それは信長に焼き殺されたお坊さんたちの亡霊が出る、と言う噂があるこ
となのだ。それなら尚更行かねばならぬ、成仏するよう弔わなければなる
まいて。
もう一つは、西明寺三重塔には “どぅるしねーあ姫” とやらが幽閉されて
いるという。であるなら、尚更のこと行ってとこしえに語りつがれる手柄
を立てねばなるまい。

そして・・・
年代物の鉄馬 “陸王” の横っぱらに蹴りを入れ、一路国道一号線を東に走っ
たのである。
※一夜の夢にお付き合いくださり有難うございましたm(_ _)m

 

 

参道

惣門を過ぎると長い石畳の参道がつづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参道を振り返って見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参道わきの五輪塔と石仏が出迎えてくれる。

 

 

 

雨に輝き、趣のある石段であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蓬莱庭入口の門

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蓬莱庭

池泉観賞式の庭園で、鶴亀の「蓬莱庭」と名付けられている。
鶴や亀を形どった石組みや、本堂に祀る仏像を立石群に象徴させ、山の傾斜などを巧みに
生かした、調和がとれた庭園である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三重塔(国宝)

ようやく三重塔が見えた。鎌倉時代後期の建立、屋根は檜皮葺、総檜の建物である。
初重の内部、須弥壇中央には大日如来坐像を安置し、四天柱には大日如来の脇侍仏である
三十二菩薩と宝相華、八大龍王、八天画、伽陵頻迦、法華経の図解等が画かれていて鎌倉
時代の壁画としては国内唯一のものであるといわれている。

 

 

二天門(重文)

室町時代初期に建立されたという。杮葺き八脚門である。

 

 

 

 

 

 

 

二天(持国天、増長天)は院尋作と伝わる。

 

 

本堂(国宝)

 

鎌倉時代初期、飛騨の匠が建立したもので釘を一本も使用していないという。
屋根は檜皮葺である。
西明寺は天台宗比叡山延暦寺の末寺で平安時代に創建された。山内には十七
の諸堂、三百の僧坊があったといわれているが、織田信長の焼き打ちに遭い、
そのほとんどが焼失した。本堂、三重塔、二天門だけが火難を免れ現存して
いる。本堂内には、親鸞上人像(伝・御自作)が安置されている。

 

 

小雨と時おり舞散る風花の中を、オートバイを飛ばし西明寺を目指しました。

惣門の前に着いた頃には凍えて倒れそうになりました。まずは体を暖めるのが先決

です。開店したばかりのうどん屋を見つけほっと一息いれました。

惣門は思ったより小さい。写真を撮ろうとしたのですがここはパスし、石畳の参道

に魅力を感じたのでこちらに精力を傾けました。紅葉の盛りに誰も通らないのが不

思議でした。その理由は後ほどわかるのですが。

山上の国宝である本堂と三重塔の前に立ったときには、すでに体力を消耗しており、

撮影する気力は相当減退していたのが残念です。本堂の写真は一枚撮影したきりで、

三重塔はついに撮らずじまいでした。いつの日か再挑戦をしたいものです。

※撮影年:1980年代