武蔵野の面影(平林寺)

 

「昔の武蔵野は萱原のはてなき光景を以て絶類の美を鳴らして居たように
言い伝えてあるが、今の武蔵野は林である。林は実に今の武蔵野の特色と
いっても宣い。則ち木は重に楢の類で冬は悉(ことごと)く落葉し、春は
滴るばかりの新緑萌え出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野一斉に行わ
れて、春夏秋冬を通じ霞に雨に月に風に霧に時雨に雪に、緑陰に紅葉に、
様々の光景を呈するその妙は一寸西国地方又た東北の者には解し兼ねるの
である。」・・・国木田独歩著『武蔵野』より引用。

 

 

 

武蔵野といえばススキを描いた北大路魯山人の大鉢“武蔵野”を思い浮か
べる方も居られるであろう。かく言う私は酒井抱一の屏風絵「夏秋草図
屏風」の風に靡く紅葉した蔦、そして強風に飛ばされる赤い蔦の葉を思
い浮かべる。

だいぶ以前のことである。武蔵野とはどのような所なのか、「武蔵野の
おもかげは今わづかに入間郡に残れり」中でも平林寺辺りに残っている
と知り、十代の私は平林寺を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

最寄りの駅からバスに乗り、平林寺のひとつ前のバス停で降りた。農家の
庭先にいたお年寄りに寺までの道を尋ね、のどかな雰囲気の残る畑に囲ま
れた一本道を歩いた。天高く囀る雲雀の鳴き声や、時おり遠くの林から聞
こえる雉の響き渡る鳴き声を耳にすると、まるで楽園の中を歩いているよ
うな不思議な感覚を覚えたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境内は想像していたより広くはなかった。十代の私は、ひたすら武蔵野
の面影を追って境内を歩いた。気が付くと、いつの間にか隣家の敷地ま
で入り込んでいたようである。寺の隣にある農家のおじさんと出会い、
武蔵野の話を聞くことができた。敷地に生えている草は雑草ではなくて
「カヤ」と呼び栽培しているということ。今でも西の方の田舎(ここも
十分に田舎だと思うけれど)では屋根材として利用されているので売れ
るのだということなど。

平林寺ではフィルムの一本か二本は撮影していると思うのだが、残って
いるネガはここで紹介するものが全てである。山門、仏殿、中門などを
撮影したネガは一枚も見当たらない。おそらく紛失したものと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも
足の向く方へゆけば必ず其処に見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。
武蔵野の美はただその縦横に通ずる数千条の路を当てもなく歩くことに由っ
て始めて獲られる。春、夏、秋、冬、朝、昼、夕、夜、月にも、雪にも、風
にも霧にも、霜にも、雨にも、時雨にも、ただこの路をぶらぶら歩て思いつ
き次第に右し左すれば随処に吾等を満足さするものがある。」

独歩先生の品格ある文体に久々に接し、「言文一致体」恐るべしなり。
話は変るが、いま、国木田独歩の描いた「武蔵野」のように歩ける野が、丘
が、里山が、はたしてどれだけあるのだろうかという疑問がある。人の住む
町にしても、村にしても、一体、美というものがあるのだろうか。

 

 

 

武蔵野の面影を求め境内のあちこちを歩いて見たものの、私の求める武蔵野
はわずかしか見られなかった。むしろ苔むした茅葺屋根の門に目が行ってし
まった。この門が私の写真の原点のような気がする。
※撮影年:1970年

次回は武蔵野の延長線で甲州の山(カラー写真)を投稿予定です。