写真家・土門拳記念館を訪ねて

 

庄内地方二日目の旅は、前日の羽黒山を後にし酒田市の土門拳記念館
から始まった。土門さんは、私が写真の師と仰ぐ方です(勝手に弟子
と称しているだけですが ^^;)。
遅ればせながら記念館を訪問しました。

 

土門拳記念館全景

広大な公園の中に建っている。設計は谷口吉生氏。

 

 

白鳥池北側より記念館を望む

 

 

 

 

 

 

 

 

モダンな外観である。

 

 

記念館入口

階段を上がると入口がある。

 

 

 

 

 

 

 

展示室は紹介できませんが、普段は見ることが出来ないサイズの仏像や
寺院建築の写真を鑑賞することができ、その迫力に圧倒されます。

 

 

庭園「流れ」を望む

勅使河原宏氏の作庭で記念館開設時に贈られた。土門さんとは兄弟のような
付き合いだっという。

 

 

白鳥池を望む

白鳥池(拳湖)の彼方には鳥海山が秀麗な姿を見せるというが、残念なことに
当日は姿を現さなかった。

 

 

エントランス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鳥池周囲の遊歩道

 

土門 拳という名を聞いたとき、おそらくはペンネームだろうと思っていた。
ところが本名だというし、出身地はその風貌から南国沖縄あたりではないか、
と信じて疑わなかった。
明治四十二年、山形県酒田港近くの住宅で生まれた土門 拳は没落士族の血筋
であるという。拳という名は、「徒手空拳以て身を立つべし」と父親が激励
の意味で名付けたというが、本当にその通り辛い人生を生きなければならな
くなった、と後に土門さんは語っている。

六歳までは酒田で過ごし、生活の打開を図って一家東京へ出た。中学校は横
浜第二中学校で学び、将来は画家になることを夢見ていた。卒業後逓信省倉
庫人夫として働きながら絵を描いていたが、ある絵を見て「煩悶の末、画家
志望を断念」したと語っている。それからも紆余曲折、母親の「お前写真を
やる気はないか」のひと言で、上野池の端の宮内幸太郎写真館へ縁を頼って
行ったことが写真家土門拳の誕生につながるのである。