羽黒山五重塔と出羽三山神社を訪ねて  

 

羽黒山詣での入口随神門より入り、継子坂を下りると祓川に掛る神橋に出る。
昔、三山詣での人々は必ず祓川の清き流れで身を清め三山への登拝の途につい
たという。

 

羽黒山五重塔(国宝)

 

「山内の五重塔は国宝である。古くは瀧水寺の五重塔と言われ、附近には多くの
寺院があったが、今はなく五重塔だけが一の坂の登り口左手に素木造り、杮葺、
三間五層の優美な姿で聳り立つ杉木立の間に建っている。現在の塔は長慶天皇の
文中年間(約600年前)庄内の領主で、羽黒山の別当であった武藤政氏の再建と
伝えられている。」・・・出羽三山神社ホームページより引用

 

いつの頃からか羽黒山五重塔を見てみたい、という欲求が起きていた。おそらくは
うっそうとした杉木立の中に立つ秀麗な姿の五重塔に魅せられていたのだと思う。
その姿は土門 拳氏の写真で知った。氏は酒田の出身で、とりわけこの塔には思い入
れがあったに違いない。それほどに力のこもった写真であった。

もう一つ見て見たかった理由がある。それは明治維新政府による「神仏分離令」に
より多くの寺院・仏像などが破壊されていた時代に、この塔を守ろうと地元の人々
が塔内にあった仏像をご神体に取替え、神を祀る五重塔として廃仏毀釈の荒波から
護り抜いたという言い伝えがあったからである。
見てみたい、拝んでみたい、そんな欲求が抑えられなかった。
それにしても私の住む関西からは遠かった。

 

 

杉木立に囲まれた中に鎮座しているが、想像していたより明るく開放感のある
場所に建っていたことは意外であった。

 

 

 

五重塔付近には杉木立の中に見事な夏草が茂っていた。

 

 

羽黒山参道

 

 

 

 

五重塔から山頂祭殿までは、急勾配の石段を一時間半かけて登ることに
なる。参道の中ほどには茶店もあり、見晴らしの良い所で休憩ができる。
当日はモヤで下界が見えなかったので、写真は撮らずじまいであった。
杉木立は樹齢三百五十年以上といわれ、見事な参道である。

 

 

羽黒山宿坊「斎館」

山頂祭殿の手前に宿坊があった。元は寺院であったという。
宿坊へ至る石畳の道は、大変に趣のある道である。

 

 

宿坊の門

 

 

 

門 扉

 

 

 

宿坊「斎館」

 

 

 

宿坊の玄関

 

 

 

宿坊の玄関

唐破風の彫物は手が込んだ造りである。

 

 

 

宿坊の周りは杉木立と夏草に覆われていた。

 

 

 

 

 

 

宿坊より門を望む

 

 

 

 

宿坊「斎館」を出るとすぐに山頂である。

 

 

羽黒山山頂・鳥居

 

 

 

出羽三山神社・三神合祭殿

茅葺屋根の大きな建物が出羽三山神社・三神合祭殿。豪壮な建物である。
写真左側の杉木立に囲まれて「鏡池」がある。池の中には銅鏡が奉納され
ていたという。

 

 

出羽三山神社・三神合祭殿

側面より撮影する。

 

 

出羽三山神社・三神合祭殿

社殿は羽黒派古修験道独自のもので合祭殿造りと称するようだ。
現在の建物は文政元年(1818)に完成したもので国の重要文化財に指定
されている。

 

 

厳島神社・蜂子神社

左側の建物が厳島神社である。両社殿とも彫物が見事だが、風化が激しい。

 

 

蜂子神社

出羽三山御開祖蜂子皇子を祀っている。蜂子皇子の御陵は羽黒山山頂にあり、
宮内庁が管理している。

 

 

蜂子神社拝殿

彫物が見事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳島神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出羽三山百一末社

出羽三山百一末社と呼ばれる末社があり、羽黒山山頂にもその幾つかがある。

東側には羽黒山山頂バス乗り場があり、鶴岡駅へ行くバスが出ている。また、
山頂でバスを降り、出羽三山神社をお参りしたあと五重塔を経て随神門へ出る
経路を選ぶ道もある(体力に自信のない方にはこちらの方法をお奨めする)。