雨の泉涌寺

 

御寺泉涌寺大門

 

 

 

泉涌寺仏殿

泉涌寺は皇室ゆかりの寺であり、歴代天皇の眠る月輪陵がある。
宗派は真言宗泉涌寺派。

 

 

泉涌寺仏殿(重文)

 

版画の好きな方は川瀬巴水の『芝 増上寺』をご存知かと思う。
雪の降る増上寺の境内を、蛇目傘を差して歩く着物姿の女性の
姿を描いたものだ。
小雨の降る日、そんなイメージを頭に描いて泉涌寺の周りを歩
いて見た。

 

 

泉涌寺仏殿

西側より望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舎利殿(重文)

 

 

 

霊明殿

西側より桧皮葺の霊明殿を望む。

 

 

 

月輪陵は森に囲まれている。

 

 

泉涌寺遠望

 

 

 

 

 

 

 

 

参道わきには紫陽花が咲いていた。

 

 

 

清少納言ゆかりの地を泉涌寺へ向かって歩いていると、偶然にも紫式部
の花が塔頭の境内に咲いていることに気づいた。たわわに紫色の実を付
けているのは、幾度も見て知ってはいたが、花を咲かせているのをじっ
くり見るのは初めてである。

 

善能寺山門

善能寺は泉涌寺の塔頭である。

 

 

善能寺 祥空殿

石畳の傍らに紫式部が植栽されていた。

 

 

御寺泉涌寺総門

泉涌寺へ向かうには総門をくぐり抜け長い参道を歩く。

一条天皇の后、中宮定子の眠る鳥戸野陵も総門を通り、長く細い道を
歩いてお参りすることになる。梅雨のひと時、鳥戸野陵と泉涌寺近辺
を歩いてみたのは、この辺りが『枕草子』の作者である清少納言ゆか
りの地であることによる。
清少納言は晩年にこの地に住み、たまたま家の前を通りかかったあま
たの若殿上人が「宅躰破壊したるを見て、少納言無下にこそなりにけ
れ」という声を聞き「駿馬の骨をば不ㇾ買やありし」と険しい顔で言
ったと逸話にあることから、落ちぶれても気骨だけは失っていなかっ
たのであろう。

若くして不運な最期を迎えた中宮定子といい、その主家に殉じた清少
納言といい胸に迫るものがある。

けぶりとも雲ともならぬ身なりとも草葉の露をそれとながめよ