津軽紀行 春の祭り

 

 

林の彼方に津軽平野を望む

 

 

春のカッチョ道

好きな道の一つである。冬には、日本海を渡る突風と地吹雪が襲う藤枝集落の道である。
長い道であった。
※カッチョとは、防風・防雪のための板囲いである

 

虫送り

津軽地方では、田植が済むと大きな蛇の形を藁でつくって、笛、太鼓ではやしながら
集落内をまわり、村はずれの木に掛けておく。これを「虫」というようある。

 

祭りの準備

馬かと思っていたが、どうやら龍の形をした「虫」のようである。

 

 

虫をトラックの荷台に乗せて、神社へ向かうのであろうか。
田植の後の豊年を祈る祭りのように思えるが・・・

 

 

 

 

 

若い男が女のような装いで杖を持ち踊る。如何なる祭りかは尋ねていないので不明。

 

 

代官様(?)にお神酒を差し上げる。駕籠に乗っていないのが惜しい。
時代が時代なら、田植が終わった頃に藩主や役人が駕籠か馬で作付け
状況を見て回ったのではないだろうか。
津軽藩初期のころ、津軽半島西部のこの辺は新田開発の盛んなところ
だった。木造以北の土地は土質や水利が悪く、個人の力ではとても開
拓できなかったので、藩の直轄工事として行ったという。

 

 

このような格好をする意味は聞かずじまいだった。
手にしている頭は獅子か龍か?

 

路傍の大黒天

 

 

 

 

 

 

 

路傍の石仏

津軽地方の道を縦横に歩いたが、路傍には道標のように多くの地蔵や石仏
が見られた。この地では飢饉で未曾有の死者が出て、行き倒れの人や馬を
食べたという記録(『菅江真澄遊覧記』)が残されている。

 

 

侘しい道をひとり歩いていると、所どころに路傍に墓地があることに
気が付いた。どこも荒れ果てた墓地の印象が強かったが、この墓地は
供え物があることから、まだ訪れる人がいた。

 

 

春の一日、里山に登り津軽富士(岩木山)を眺める。

※撮影地は、車力、木造、金木町と思う。撮影年は1973年ころ。