浄瑠璃寺を訪ねて 後編

 

浄瑠璃寺の春

「この春、僕はまえから一種の憧れをもっていた馬酔木の花を大和路のいたるところで見ることができた。」

昭和十八年、小説家の堀 辰雄は奈良ホテルに宿をとり、古都奈良の寺々を巡り仕事に没頭していた。その中で『大和路・信濃路』に入っている、何編かの随筆を書いている。“浄瑠璃寺の春”は、その中の一編である。

「なあんだ、ここが浄瑠璃寺らしいぞ。」僕は突然足をとめて、声をはずませながら言った。「ほら、あそこに塔が見える。」
「まあ本当に・・・・・・」妻もすこし意外なような顔つきをしていた。
「なんだかちっともお寺みたいではないのね。」 ・・・・・・
その小さな門の中へ、石段を二つ三つ上がって、はいりかけながら、「ああ、こんなところに馬酔木が咲いている。」と僕はその門と殆ど同じくらいの高さに伸びた一本の灌木がいちめんに細かな白い花をふさふさと垂らしているのを認めると、自分のあとからくる妻のほうを向いて、得意そうにそれを指さして見せた。
「まあ、これがあなたの大好きな馬酔木の花?」妻もその灌木のそばに寄ってきながら、その細かな白い花を仔細に見ていたが、しまいには、なんということもなしに、そのふっさりと垂れた一と塊りを掌のうえに載せたりしてみていた。

 

少し長い引用だが、浄瑠璃寺山門付近の情景が、映画のひとコマのように目の前に浮んでくる。

 

 

九体阿弥陀堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阿弥陀堂裏手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西方九体阿弥陀如来像(国宝)は、中央に来迎印を結んだ阿弥陀如来中尊像、その左右に各々四体の定印を結ぶ阿弥陀如来像が安置されている。それぞれのお顔に違いがあるのが興味深い。ほかには国宝・四天王像(持国天・増長天のニ体)。秘仏・吉祥天女像(重要文化財)、子安地蔵菩薩像(重要文化財)、不動明王三尊像(重要文化財)などを拝観することができた。

吉祥天女像のふっくらとしたお顔と着物の袖から出ているふくよかな腕、色香を伴う艶やかなお姿には魅了された。その衣裳は壮麗としか言いようがないほど美しい。“腹巻き”を巻いた地蔵菩薩の涼しげな眼差しとそのお顔だち、彩色と胡粉地は大分剥落してはいるが、左手に如意宝珠を持ち、右手に与願の印を結んだお姿を見ては胸にこみ上げてくるものがある。

また不動明王三尊像の左右に従っている二体の童子が愛らしく、つい写真を買ってしまった。
九体阿弥陀如来を取り囲むように須弥壇の前に設えてあるお供え物を置く木製の台、これが古美術好きには嬉しい。黒光りした木の感触、その凝った意匠、年月を経、日々手入れを施されたたあじわいはここでしか見ることができない。見事である。

※堂内の撮影はできないので仏像などの画像はありません。

 

鐘楼

 

 

山門

 

 

 

 

 

浄瑠璃寺は真言律宗の寺院で、ご本尊は阿弥陀如来と薬師如来です。九体阿弥陀堂は京の都に数カ所あったが、ほとんどが戦などで焼け、唯一浄瑠璃寺だけに残っている貴重な宗教施設です。

 

※次回は、岩船寺への道を投稿予定です。